烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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安倍清明神社

 大阪市阿倍野区にある「安倍晴明神社」は、近くにある「安倍王子神社」の末社で
平安時代の陰陽師として知られる安倍晴明が生まれた場所と伝えられています。社伝によると創建は寛弘4年(1007)で、江戸時代には大坂城代が参拝にくるほど名の知られた神社でしたが明治時代に入り、次第に衰退していきます。しかし明治時代末期に復興しようという機運が高まり大正10年に「安倍王子神社」の末社に認定。大正14年に現在の社殿が竣工しました。境内には晴明の産湯に使われたと伝わる井戸も残されています。



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安倍清明神社




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安倍清明公像




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安倍清明産湯の井戸





大阪市阿倍野区阿倍野元町5-16



| 平安時代 | 11:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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世田谷八幡宮

 八幡宮(神社)は全国に約4万4千社ありますが、古来、武運の神である八幡神を祀る神社として源氏を中心とする武士より厚い崇敬を集めてきました。
 東京都世田谷区宮坂一丁目にある「世田谷八幡宮」は源氏と関わりの深い神社として知られています。
 八幡太郎・源義家が寛治5年(1091)に「後三年の役」(1083〜87)の帰途、この宮の坂の地で豪雨に会い、滞在して天候回復を待ちます。この時、今度の戦勝は日頃氏神としている八幡大神の加護によるものと思い、豊前国の宇佐八幡宮の分霊を、滞在地であった宮の坂に勧請して祀ります。その後、天文15年(1546)に世田谷城主七代目の吉良頼康が社殿を再興し発展してきました。



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世田谷八幡宮




                      
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社殿



 



東京都世田谷区宮坂一丁目26番3号



| 平安時代 | 09:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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源頼朝出生地 誓願寺

 鎌倉幕府の初代征夷大将軍である源頼朝は、久安3年(1147)に、源氏の頭領・源義朝の三男として尾張国熱田(現在の名古屋市熱田区)で生まれます。
 母は義朝の正室の由良御前で熱田神宮大宮司藤原季範の娘です。由良御前は出産のために実家へ戻り藤原家の別邸にて頼朝を生んだといわれ、熱田神宮の西隣りにあった別邸の跡地には享禄2年(1529)に誓願寺が建立され現在に至っています。




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誓願寺山門


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源頼朝出生地碑


愛知県名古屋市熱田区白鳥2丁目10−12 地図



| 平安時代 | 23:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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浄瑠璃姫供養塔

 国道1号線沿いの岡崎公園入口付近に浄瑠璃姫供養塔があります。
 浄瑠璃姫は、矢作の長者  兼高(かねたか)夫婦の娘です。
 平安時代の頃、牛若丸(後の源義経)は、奥州平泉の藤原秀衡を頼って旅を続ける途中、矢作の里を訪れ兼高長者の家に泊まります。
 ある日、ふと聞こえてきた浄瑠璃姫の琴の音色に惹かれた義経が、持っていた笛で吹き合わせたことから、いつしか二人は恋に落ちます。 しかし、義経は奥州へと向かうため、姫に形見として名笛「薄墨」を授け、矢作を去ります。姫は義経を想い悲しみのあまり、菅生川に身を投じて短い人生を終えました。
 岡崎市内には、浄瑠璃姫ゆかりの史跡が何ヶ所かあり墓も別の場所にありますが、今回は、ここだけしか訪れることが出来ませんでした。
                 
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浄瑠璃姫供養塔
    
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供養塔前の碑
            
愛知県岡崎市康生町 地図

| 平安時代 | 09:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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雪舟ゆかり雲谷庵跡

 画聖として知られる雪舟は応永27年(1420)に備中赤浜(現岡山県総社市)に生まれ、京都の相国寺で禅と絵を学びます。


 40歳の頃に大内氏の招きで山口に移り、48歳の応仁元年(1467)には遣明船に乗り三年間、中国で修行しています。


 雲谷庵は山口で雪舟がアトリエとして使っていた場所です。現在の建物は昭和17年に跡地に復元された建物だそうです。



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入口の石畳と雲谷庵の外観



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外観と内部の様子





 山口県山口市天花一丁目12-10

| 平安時代 | 10:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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