烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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法円坂建物群

 大阪歴史博物館に隣接して高床式の建物が建っていますが、これは5世紀後半に、ここに存在した「法円坂建物群」の一つを復元したものです。
 当時16棟以上の建物群があったそうで、この場所は古代より淀川などが近くに流れ交通の要所でした。
 時期的に現在の堺市にある巨大古墳群を築いた大王が建設したと考えられています。




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復元された建物




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現地説明板




大阪市中央区大手前4丁目 大阪歴史博物館隣り



| 飛鳥時代以前 | 20:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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熱田神宮

 名古屋市南部にある熱田神宮は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を祀る神社として知られています。第12代景行天皇の時代、日本武尊(やまとたけるのみこと)は東国平定の後、尾張国国造の娘・宮簀媛命(みやすひめのみこと)と結婚し、神剣を妃の許へ留め置きます。その後、日本武尊が三重県亀山市能褒野(のぼの)で亡くなると妃は、神剣をここ熱田の地に祀り、以来、伊勢神宮につぐ格式の高い神社として人々の篤い崇敬をあつめてきました。
 古い歴史を持つ神社で弘法大師、源頼朝、織田信長など様々な人物とも関わりが深く逸話が残されています。



            
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東門の鳥居
                   

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本宮拝所
            
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神楽殿       

                



愛知県名古屋市熱田区神宮1−1−1 地図



 

| 飛鳥時代以前 | 08:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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宇部神社 武内宿禰命終焉の地

 池田家墓所の近くに因幡国一宮である宇部神社があります。


 大化4年(648)の創建と伝えられ、伝説によると「古事記」や「日本書紀」に登場し、大和朝廷において景行天皇(12代)から仁徳天皇(16代)までの5代の天皇に仕えた、我が国最初の大臣・武内宿禰(たけうちのすくね)が因幡国の宇倍山中腹の亀金山に双履(履物)を残して行方知れず(亡くなった)とあり、その場所を祀ったのが起源であると言われています。


 本殿の裏に亀金山があり、その頂に双履石(そうりせき)がありますが、近年の調査で双履石は古墳の一部であることが判明しました。


 なお、武内宿禰が亡くなった時の年齢は280歳から360歳だったと言われ、実際には有り得ないことから実在しなかったという説や、何代かにわたる一族の総称であるという説もあり謎の多い人物です。


 社殿は創建以来、度々再建され現在の建物は明治31年に再建されたものです。武内宿禰は明治32年に5円紙幣の肖像に採用されます。この時、現在の宇部神社本殿も一緒にデザインされています。




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参道(左)と鳥居(右)



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拝殿

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拝殿と本殿(左)と武内宿禰命終焉の地碑(右)


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亀金岡の石段(左)と双履石(そうりせき)(右)





  鳥取県鳥取市国府町宮下651

| 飛鳥時代以前 | 08:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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黄泉の国の入り口

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 島根県東出雲町にある黄泉の国と現世の地との境界として古事記に、いざなぎの命が先だった妻いざなみの命を慕って黄泉の国を訪れたときの入り口といわれる場所。



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| 飛鳥時代以前 | 19:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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八重垣神社

 早く出雲の八重垣様に縁の結びを願いたい、という歌は出雲で最も古い民謡で御祭神も八岐大蛇を退治し、高天原第一の英雄素戔嗚尊と国の乙女の花とうたわれた稲田姫の夫婦が祀られています。この二人の結婚した場所といわれ、伝説上では日本初の結婚式の場所である。



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門(左) 本堂(右)



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鏡の池

 この池は稲田姫が八岐大蛇の難を避けるため、森の大杉を中心に八重垣を造って避難中、日々の飲料水とし、また姿を映され美容調整された池である。



 稲田姫の御堂魂が底深く滲透していることから縁結びの池とされ、パワースポットとして多くの人が訪れている。





| 飛鳥時代以前 | 08:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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