烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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爆心地 島外科内科

 広島の原爆ドームから東に100メートルほど離れたところに「島外科内科」があります。
 昭和20年(1945)8月6日、B-29「エノラ・ゲイ」から投下された原子爆弾「リトルボーイ」は、当初市内の「相生橋」を目標に投下されましたが風で流されたのか、やや離れた島病院(現:島外科内科)の上空約600メートルの地点で爆裂します。
原爆の爆風と高熱によって病院は跡形も無く大破し、職員と入院患者の約80人は全員が即死したそうです。
 しかし、医院長の島薫と看護師1名は前日より世羅郡甲山町(現世羅町)の病院に手術のために出かけていたため難を逃れます。連絡を受け、直ちに広島市に引き返した2人は瓦礫の下からおびただしい数の白骨化した遺体を発見します。焼け残った手術用具などにより、そこが島病院跡であることが判別出来たとの事です。
島薫は、その後、設置された救護所にて被爆者の救護活動に従事しています。
 島病院は戦後、同所に再建され再開。現在では「島外科内科」と名称も変わっています。病院の玄関横には、爆心地であることを示すモニュメントが設置されていました。

爆心地 島外科内科
爆心地 島外科内科

爆心地モニュメント
爆心地モニュメント

爆心地モニュメントの説明文
モニュメント説明文

広島県広島市中区大手町1-5-25

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