烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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二十番碁の地

Nixtuki100803



 本因坊秀策と関山仙太夫二十番碁の地です。



 秀策の名声は松代にまで聞こえ、仙太夫も一度打ってみたいと思っていたのですが、自由に江戸へ行くことはできませんでした。そこで手紙を書いたところ、秀策の師秀和は秀策を派遣することにし、嘉永四年(一八五一)に松代で対局することとなった。



 六月三日に秀策は松代にやってきて、一日一局、二十日間打ちました。



 仙太夫の定先で七勝十三敗。秀策が譲った碁もあるそうですが、秀策相手に七勝したという仙太夫の実力は高いと思われます。



 対局のあと有名なはなしがあります。



 秀策が江戸へ帰るとき、謝礼として金二十両をさしだした。秀策は固く辞退が、「このお金は先生をお招きして打っていただきたいと思い、多年のうちにあまった金をためたもので、生活費から出したものではありません」と言って渡したという。



 その対局場所となった梅田屋の前に碑が建てられている。

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| 本因坊家 | 08:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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