烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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本因坊道策出生の地

 碁聖本因坊道策の生まれた島根県大田市にある馬路を訪れました。
 道策は本姓を山崎、幼名を三次郎という。次男のとして生まれ、弟には二世井上因碩となる千松がいる。この山崎家からは後にも九世井上因碩が出ている。
 山崎家の祖は毛利元就、輝元の家臣だった松浦但馬守という人物で山崎の地に移り住み、姓を山崎とした。
 今でも山崎家には道策が幼少のころに使っていた碁盤や碁石ものこされている。道策は母ハマから碁の手ほどきを受け、間違いがあったりすると井戸の水をかけられたりしたという。その井戸ものこっている。
 ハマは細川家に乳母として行っていたこともあり、道策と細川家つながりを持っていた。これが後に囲碁界にもいくつかの関わりをもつようになってくる。
 この当時はなかなか碁盤や碁石が買えなかったのか、道策が幼少のころに使っていた碁石は琴ヶ浜からとってきた貝殻や石だという。

Ca3d0419_2

琴ヶ浜は山崎家のすぐ側にある。

Ca3d0416

山崎家を見下ろすところにある道策、因碩の墓(碑)。

Ca3d0411



Ca3d0407

二人の墓の隣にあるのが山崎家初代の墓。
下の写真は新しく造られたもの。

Ca3d0412


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