烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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岸本左一郎顕彰碑と満行寺

 島根県大田市仁摩町天河内の国道9号線沿いに仁摩サンドミュージアムがあるが、その付近の交差点を日本海側(北側)にしばらく進むと満行寺というお寺がある。石見(大森)銀山の山城・山吹城主に関わりがあるかなり大きな寺である。そして、この満行寺の近くに江戸時代後期の名棋士、岸本左一郎の顕彰碑があるという事で訪ねてみた。左一郎は本因坊丈和のもとに入門し後に塾頭もつとめている。秀策の兄弟子で石見銀山の代官所があった島根県大田市大森の出身である。大森から離れたこの地になぜ碑が建てられたか定かではないが、現在は国道9号線からかなり離れて閑散としているが、かつての山陰道沿いであり賑わいのある場所として選ばれたのではないかとは益田市在住の囲碁史会会員の大庭氏の意見である。

Ca3d0420 Ca3d0421
満行寺

 それにしても碑に辿り着くまでには結構苦労した。というのも満行寺の駐車場付近の小高い丘と聞いていたが、それらしいものが見えない。しばらく歩きまわり、ようやく駐車場に隣接した山(林)に登り見つける事ができた。

Ca3d0425 Ca3d0422

 写真(左)が顕彰碑のある場所。右の石垣が満行寺で左が駐車場。真ん中の道を進み石垣を通り過ぎてすぐ左の山(林)にある。登り口の目印として写真(右)のとおり「岸本橘堂先生之碑」という案内碑がある。駐車場付近から眺めてもだだの山にしか見えないので注意。
 顕彰碑の表の碑文は、本因坊秀和により書かれている。日付は万延元年(1860年)とある。

Ca3d0423_2
顕彰碑

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