烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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柿本神社(高津)

 島根県大田市を訪れた翌日、益田市まで足を延ばしてみた。まず訪れたのは高津にある柿木神社で飛鳥時代の歌人で万葉集にも多くの歌を残している柿本人麻呂が祀られている。人麻呂については謎が多いが終焉の地は益田川河口の沖にある鴨島という所で、その死を悼んだ聖武天皇の勅命でそこに人丸社が創られた。しかし鴨島は万寿3年(1026)の大地震で津波により水没し現存していない。この時に流された神像が高津の松崎に漂着したため、ここで再建されている。江戸時代に入り石見銀山奉行の大久保長安も造営を行ったが西風や飛砂による影響を受けやすい場所のため、この地を治める津和野藩主の亀井慈親により高津城のあった現在地に移された。

 ちなみに石見国に関わりのある歌聖人麻呂、画聖雪舟、碁聖道策は「石見三聖」と呼ばれている。
 益田市の郊外の戸田にも人麻呂が生まれた地とされる柿本神社があるため通称で高津柿本神社とも呼ばれる。

Ca3d0446 Ca3d0447
石段(左)と楼門(右)

Ca3d0452 Ca3d0451
本殿(左)と亀の碑(右)

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人麻呂の像(左)と近年の海底遺跡調査で鴨島と思われる場所から引き揚げられた石(右)

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| 飛鳥時代以前 | 08:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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