烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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承教寺

 港区高輪二丁目にある承教寺は日蓮宗の寺院で、正安元年(1299)に現在の港区虎ノ門あたりに創建され、承応2年(1653)に現在地に移転しました。
 延享2年(1745)の大火により本堂などが類焼しますが、山門、仁王門、鐘楼は焼失を逃れ当時のものが現存し、本堂は天明元年(1781)に再建されました。
 山門の前には「二本榎の碑」が建立されています。江戸時代にこの辺りの高台に2本の大きな榎があって東海道を江戸から品川宿に向かう際に旅人の目標となっていたそうです。いつしかこのあたりは「二本榎」と呼ばれるようになったそうで、碑は地域の象徴として大切にされています。



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山門(左)と二本榎の碑(右)



 承教寺の山門前には、大変ユニークな狛犬が設置されています。もとは個人で中国から購入されたもので、家に設置していたところ不幸が続いたため寺に持ち込まれたそうです。実際は牛の置物なのか何なのかよく分からないそうです。



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狛犬



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仁王門(左)と本堂(右)



 境内には、承教寺にゆかりのあった江戸時代中期の画家・英一蝶の墓があります。
 一蝶は伊勢亀山藩の出身で狩野安信に絵を学び町絵師として活躍します。また、暁雲の号で俳諧に親しみ、宝井其角、松尾芭蕉とも親交がありました。
 しかし、一蝶は元禄11年(1698)に「生類憐れみの令」の違反により、三宅島へと流罪となります。将軍綱吉や柳沢吉保を風刺する絵を描いたりしたことが原因だったそうです。宝永6年(1709)に綱吉の死去・将軍代替わりの大赦により12年ぶりに江戸へ帰り再び活躍しました。



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英一蝶の墓



 本堂前に「大壇林」の碑がありました。壇林とは、仏教寺院における僧侶の養成機関、学問所で承教寺には、明治初期から明治37年まで日蓮宗の檀林(宗教院)が設置されています。これが、私立「立正大学」の前身です。



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大壇林の碑




東京都港区高輪2丁目-8-2



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