烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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細川家が囲碁界を救う

 前回の細川家の危機から150年以上が経った嘉永3年(1850)に囲碁界に大事件が発生します。

 井上家の十二世当主の因碩が門人を斬殺したのです。一説にはその門人・鎌三郎という人物が因碩の妻と通じたのを因碩が疑ったためということもいわれていますが、あくまで風評であるとされています。

 因碩は本因坊丈和の長男で、十代のころは土屋秀和(後の十四世本因坊)と競い合った仲だったが病のためいったんは挫折した。先代の因碩(幻庵)が実力を認め後継者に望んだといわれる。ただ、名門の御曹司のためか神経が細く、日ごろの言動もあやしいものがあったといいます。一種の精神の病でしょうか。

 さて、門人とはいえ、当主が人を殺したとあっては一大事です。ただで済むはずはなく、井上家は取つぶしになるかもしれない。井上家としては、因碩を監禁し、有力者を頼って内々に事を済まそうとします。しかし、鎌三郎の兄弟たちは復讐あるのみといきりたっています。いまにも公儀(幕府)に訴えでる勢いです。しかし、ここで父親が待ったをかけます。父は細川家の重臣でした。主家の危機に際し、井上家の援助がなければ主家は亡くなっていたと説き、事を荒立てることなくおさめた。

 本因坊道策の時代の恩がこの時代にまで生きていたのですね。

 因碩はこの後、隠退し、相模の片田舎に閑居し、三十七歳の生涯を終えました。
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| 囲碁が関わった出来事 | 07:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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