烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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宝泉寺

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 尾道から車で約一時間、秀策が少年時代修業した宝泉寺です。

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 秀策が愛用した碁盤がのこっており、寺の方に声をかければ見せていただくことができます。

 宝泉寺代々のゆかりの品が宝物殿とはいかないまでもいろいろと展示されている。


 最後に帰郷したのは安政四年、二十九歳のときである。

 この帰郷では師の丈和の次男葛野亀三郎(後の方円社社長中川亀三郎)を同道しての旅であった。
 この帰郷では三つの話題がのこされている。
 一つは、後の方円社の異才水谷縫冶の発見である。
 二つ目は、石谷広策と対局したとき、有名な「囲碁十訣」を書き、広策に贈ったこと。
 三つ目は、秀策が幼少のころ愛用した碁盤の裏に文字を書き遺したこと。

 二つ目と三つ目のものは秀策記念館に展示されている。

 秀策最後の帰郷の半年間は、中国地方はもちろん、四国地方にも足を伸ばし、各地の碁打ちたちと対局し、囲碁の普及と指導に全力を尽くした。

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| 本因坊家 | 07:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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