烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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糸崎神社

Sany0249  Sany0251



 広島県三原市は尾道からすぐのところのある。


 糸崎神社は神功皇后ゆかりの寺と記されていた。



Sany0259



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 門を潜る前にたくさんの碑がある。そのなかに本因坊秀策の碑が建っている。



 この碑を建てたのが石谷広策という人物で、同じ広島県出身だが、はなれたとこりにある能美島の出身である。




碁打ちたちは皆歓喜したが、これが最後の御城碁になった。この年の御城碁にも勝ち秀策は御城碁十九連勝をする。



 この御城碁のすぐ後、十二月八日、秀策は尾道の橋本竹下から母カメの死の報せが届いた。人一倍親思いで、しかも親元を遠く離れて思うように会えなかった秀策にとって母の死は耐えがたい悲しみだったであろう。



 秀策は追善供養のため百ヵ日の精進生活に入った。



 この年(文久二年)、江戸ではコレラが大流行した。本因坊家でも多くの病人が出た。秀策は周りが止めるのもきかず、看病にあたった。秀策の看病のおかげで本因坊家の人たちは全員助かった。ただ一人秀策をのぞいては。



 八月十日、感染してから一週間、享年三十四歳。





 本因坊秀和、秀策の妻花より、父桑原輪三に贈られた死亡通知は現在ものこされている。



 秀策は、東京巣鴨の本因坊家の菩提寺本妙寺と因島にある桑原家の墓に眠っている。



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