烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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上野車坂下の本因坊道場

 いつの頃か定かではないが、上野の車坂下というところに本因坊門下の道場があった。本因坊丈和の時代は門下の修業はこちらで行われていたと記録に残っている。故郷から上京してきた秀策も、こちらの道場で修業している。18世本因坊秀甫は道場の隣の大工の家に生まれ、幼いときに石音につられて道場に入り見よう見まねで囲碁を覚えたという逸話も残されている。

 道場の詳しい場所を調べようとしたがはっきりとは分からなかった。江戸時代には上野寛永寺近くに車坂町という町名が数か所あるが車坂下町という町名はなかった。車坂下とは文字通り車坂を下ったところという意味である。車坂とはどこにあるかというと現存していないが寛永寺から下谷へ向かって下っていた坂で現在の場所でいうと概ね上野駅の公園口改札からコンコースをまっすぐ進み入谷改札あたりを抜ける坂であった。入谷改札あたりには車坂門という門があった。車坂を出たあたり一帯を車坂下といっていたようだ。
 東上野口付近に車坂町という所があったが他は寺や役人の住宅が多い事からこの近辺なのかもしれない。

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上野駅の東上野口からみる上野車坂下付近(左)と車坂があった公園口(右)

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