烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

孔子と囲碁

 「湯島聖堂」の東側の坂は「昌平坂」と呼ばれている。聖堂は儒学を学ぶために造られ、儒学の始祖である孔子を祀っている。昌平とは孔子の生地である昌平郷にちなんで名づけられた。



 ところで、孔子は紀元前500年頃の中国の思想家であるが囲碁への考え方が「論語」に記載されている。「子曰く、飽くまで食らいついて日を終え、心を用うる所なし、困ったことだ。博弈という戯があるではないか、この遊戯をするのも何もしないよりましだ。」



 「博弈」の「博」は古代中国の双六のような遊戯で「弈」とは碁の北方の方言である。「何もしないでいるよりは囲碁でもしているほうがましだ。」という意味で積極的ではないにしても囲碁を認めていたようだ。




Dsc_0255 Dsc_0256
 「昌平坂」



Dsc_0258
昌平坂沿いの湯島聖堂の塀




Dsc_0254
「相生坂」




 湯島聖堂の南側の神田川沿いのゆるやかな坂は「相生坂」と呼ばれている。これは神田川対岸の駿河台の「淡路坂」と並ぶのでそう呼ばれていたのだが江戸時代にはここも「昌平坂」と呼ばれていた。





スポンサーサイト

| 囲碁が関わった出来事 | 11:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://igoshi.blog.fc2.com/tb.php/804-114b9cdf

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。