烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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銭形平次の碑

 神田明神と聞いて銭形平次を連想される人も多いだろう。野村胡堂による小説「銭形平次捕物帳」は映画やテレビで何度もリメイクされた最も有名な時代劇の一つである。岡っ引きの平次親分は架空の人物だが物語では神田明神下の長屋に住み様々な事件を解決していた事から神田明神境内(社殿横の神田明神下を見下ろす場所)に関係者により昭和45年に碑が建てられた。台座は寛永通宝になっている。また、その隣は後に子分の八五郎(がらっ八)の碑が建てられた。



 なお、岡っ引きといえば江戸時代の警官のように思われるが、実際にはその役目は町奉行所の同心であった。しかし、犯罪捜査には地元に精通した人間が必要で同心が私財でそういう人物を雇っていた。それが岡っ引きで地元の顔役であるが必然的に博徒の親分がなる事も多かったようで度々、岡っ引きを雇うことが禁止されている。物語のように専業の職業として存在していたわけではなく本業があり必要により任にあたっていたようだ。同心は幕府の下級武士であり俸禄は少なかったが管轄の町屋から付け届けがあったり拝領屋敷の一部を借家にしたりして副収入がかなりあったのでそこから岡っ引きを雇う費用を捻出したようだ。



 



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銭形平次の碑(左)と隣にある子分の八五郎の碑



 





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