烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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佐野善左衛門宅跡(大妻女子大学)

 千代田区三番町の大妻女子大学の辺りには元禄時代より旗本の佐野家の屋敷があった。敷地内に桜の名木があり「佐野の桜」として知られていた。

 天明4年(1784)に当時の当主・佐野善左衛門政言が江戸城中において老中田沼意次の子で若年寄の田沼意知を切り付け殺してしまう。善左衛門は切腹となり佐野家は断絶してしまう。原因は全くの私心であったが田沼意次の政治に不満を持つ人々が増えていたことと、善左衛門の切腹後に米の価格が下がったことで「世直し大明神」として墓参りをする人が絶えなかったという。

 ところで、大妻女子大学の前の大妻通りは「御厩谷坂」(おんまやだにざか)と呼ばれている。これは厩舎がこのあたりに集まっていたためと言われている。



 住所 千代田区三番町12



Dsc_0399  Dsc_0397

 大妻女子大学と案内板



Dsc_0396

御厩谷坂の案内板



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