烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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清水谷公園~大久保利通哀悼の碑

 千代田区紀尾井町の紀尾井坂の坂下付近にある清水谷公園には、この辺りで亡くなった大久保利通の哀悼碑が建てられている。公園は江戸時代は紀州徳川家の屋敷(旧グランドプリンスホテル赤坂のあたりまで)であり清水が湧き出ていた。また、隣接している彦根藩井伊家の屋敷(ホテルニューオオタニ)との境界が谷になっていて清水谷と呼ばれていた。



 大久保利通の趣味が囲碁である事は有名で、藩主の実父である島津久光に近づくために覚えたとも言われるが、頭を使いすぎて疲れたときには碁を囲みリラックスしていたという。大久保が亡くなった翌年に囲碁界では方円社が設立され分裂の時代が始まる。後に彼の次男である牧野伸顕が日本棋院の初代総裁となり再び統一される事になるが、もし大久保が暗殺されずに生き延びていたら、その後の囲碁界の歴史も変わっていたかもしれない。




Dsc_0425
大久保利通哀悼碑


Dsc_0420 Dsc_0421
復元された湧水(左)と心字池(右)


Dsc_0426
江戸時代に使われていた玉川上水の石枡

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| 幕末・明治維新 | 23:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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