烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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天海僧正毛髪塔

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天海僧正毛髪塔




 上野公園で、以前紹介した「西郷隆盛像」や「彰義隊の墓」の近くに「天海僧正毛髪塔」があります。
 上野寛永寺は江戸城の鬼門の方向にあり江戸の守護として天海により建立されました。
 南光坊天海は徳川家康の政治的ブレインとして表舞台に登場するまでの事はよく分かっていません。中には「本能寺の変」で織田信長を討取った明智光秀がその正体であるという説まであります。して
 徳川家康が「日光東照宮」に「東照大権現」と祀られる事になった際も、主導的役割をはたしています。家康、秀忠、家光と三代の将軍に仕え、寛永20年(1643)に亡くなりますが、この時の年齢は108歳であったと言われています。
 遺言により日光へ葬られましたが、上野には遺髪が埋葬され「毛髪塔」が建立されました。



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