烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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江戸城~天守台と大奥跡

 江戸城は元々平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、この地を支配した江戸氏の館跡である。その後、扇谷上杉氏の家臣である太田道灌により1457年に江戸城が築城された。やがて後北条氏の支配を受けた後、1590年に関八州を与えられた徳川家康が入城した。

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江戸城天守台跡


 家康が入城した当時は質素な城であったが度々増築を行い日本最大の城となった。幕府を開いて以降は、その中心として諸大名に普請を行わせている。城のシンボルである天守閣は慶長12年(1607)に完成したが50年後の明暦3年(1657)の明暦の大火によ焼失。囲碁好きでも知られる保科正之の、天守は実用的な意味があまりなく無駄な出費は避け大火の被災者救済を優先すべきだという意見により再建される事は無かった。

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天守台から望む江戸城本丸跡。広い芝生の辺りが大奥跡。

 江戸城で有名な大奥は本丸御殿の北方で天守台のふもとのあたりにあった。
 江戸城では大奥と呼ばれる区画は当初から存在していたが、政務を行う場所と将軍の私的な生活の場の境界は無かった。二代将軍秀忠の時代になり「大奥」は将軍の私邸として区分されている。現在、知られている将軍の子女や正室達の居所となったのは、三代家光の乳母・春日局により整備された以降である。


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