烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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江戸城~御城碁対局の場所(黒書院・白書院)

 御城碁とは、江戸時代に本因坊をはじめとする囲碁の四家元の代表が集まり将軍の御前で行った対局のことで、年1回行われていました。各家元は幕府より禄を得ていて寺社奉行の管轄下にあり、寺社奉行の呼び出しという形で行われています。実際に将軍が観戦する事は少なく老中が代行する場合が多かったようです。

 対局の場所は慣例として中奥にある「黒書院」で行われていましたが、「白書院」や「帝鑑之間」で行われた事もあったそうです。黒書院・白書院とも将軍の応接所で白書院が公式行事で使い、黒書院は日常生活で私的目的で使っていたそうです。帝鑑之間は白書院に隣接し城持譜代大名クラスが詰めていた部屋です。 

Higashigyoen
「黒書院跡」「白書院跡」の位置

 今回、江戸城跡である皇居東御苑に行った目的の一つが、御城碁対局の地である「黒書院」「白書院」の跡地に行くことでした。現在、公園として整備され場所を特定するのに苦労しましたが色々な資料によりようやく特定できたので現地に行ってみました。

Dsc_0367
黒書院跡

 「黒書院」が通常、御城碁が開かれていた場所です。本丸跡の公園は中央に大きな芝生の広場が二つありますが南側の広場の左上側あたりの道の上がその場所です。当時の面影は全くありません。


Dsc_0364 Dsc_0362
白書院跡を天守台方面から見た写真(左)と松の廊下側から見た写真(右)


 「白書院」は「大広間」から「松の廊下」により結ばれていました。したがって「松之大廊下跡」の碑を通り過ぎた先が跡地であることが容易に想像がつきます。実際、碑の前の小路が天守台側で広い道に合流するあたりにあった事が分かりました。「帝鑑之間」は「白書院」の南東で接した部屋であるため同じ場所(区域)と考えてもよいでしょう。

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