烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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築土神社

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鳥居と社殿
     



 千代田区九段下駅のすぐ近くに「築土神社」があります。創建は天慶3年(940)で京都から密かに平将門の首が持ち去られ、これを武蔵国豊島郡上平河村津久戸(現・千代田区大手町周辺)の観音堂に祀って津久戸明神と称したのが始まりと伝えられます。



 その後、太田道灌の江戸城築城後、田安郷(現:千代田区九段坂上)へ移転し「田安明神」と呼ばれ江戸の鎮守神となります。元和2年(1616)に家康による江戸城外堀拡張により筑土八幡神社隣地(現:新宿区筑土八幡町)へ移転し、「築土明神」と呼ばれます。



 明治に入り平将門が朝敵であったため天皇家と繋がりの深い天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を主祭神とし「築土神社」と改称しましが、第二次世界大戦による空襲のため焼失し、かつての境内であった現在地に移転し再建されました。



 現在は周りをビルに囲まれ社殿もコンクリートで出来た建物です。入口も鳥居の後ろにビルが建っていて、そこを抜けて境内に入ります。なお、参拝時に気付かず写真は撮りませんでしたが鳥居の後ろのビルの屋上に平将門にちなみ5mほどの巨大な剣が建てられていますので参拝された方は見上げてみて下さい。



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狛犬と世継稲荷




 境内にある狛犬は安永9年(1780)に元飯田町の氏子により奉納されもので、一方の頭上には「角」、もう一方には「宝珠」が付けられています。平成8年に千代田区有形文化財に指定されています。



 神社境内に「世継稲荷」が祀られていました。築土神社の現在の場所は元々「世継稲荷」の境内だったところで共に空襲で焼失したため、築土神社と合わせて再建されています。



 世継稲荷は嘉吉元年(1441)に創建され、地名の田安郷から田安稲荷と称されます。その後、天正18年(1590)徳川家康江戸入城の折、二代将軍徳川秀忠が参拝し境内に橙(ダイダイ)の木があるのを見て、「代々」とかけあわせ「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛し、「世継稲荷」と呼ばれるようになったそうです。その後も徳川家との繋がりは深く、文久2年(1862)には十四代将軍家茂の正妻 ・和宮が子宝を願い参拝しています。




 住所:東京都千代田区九段北1-14-21
   



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