烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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竹橋御門跡

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竹橋御門の碑




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御門跡の石垣




 江戸城北側にある平川門の西側に架かっている橋を「竹橋」といいます。現在の橋は関東大震災復興事業として大正15年に完成していますが、橋は徳川家康が入国した当時からあったそうです。この時、竹を編んで渡されたため「竹橋」と名付けられたという説があります。


 ここには江戸城内曲輪15門の一つ「竹橋御門」がありました。橋の西詰の公園に石垣と碑があります。


 碑のあるあたりに明治に入り駐屯していた陸軍近衛兵部隊が明治11年に反乱を起こした「竹橋事件」が発生しています。西南戦争後の行賞等に不満を持った近衛砲兵大隊の約260名が行賞削減を行ったといわれる大蔵卿大隈重信公邸を砲撃。近隣に火を放ち赤坂仮皇居に進軍しますが、近衛歩兵隊に鎮圧されます。反乱に加わった者のうち、五十数名が銃殺されています。この事件をきっかけとして軍人の思想統一を図るため「軍人勅諭」が発せられ、軍事警察である憲兵が組織されることになりました。


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| 江戸時代 | 15:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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