烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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葛飾北斎の墓

 台東区元浅草の誓教寺に葛飾北斎の墓があります。北斎は江戸時代後期の浮世絵師で代表作に「富嶽三十六景」や「北斎漫画」があり、世界的にも知られた画家です。
 90歳という長命でしたが、その生涯は実に破天荒で、「北斎」以外に30回も改号し、引越しは93回にも及びます。料理は自分で作らず買ってくるか、貰い物ですませ、自宅には食器が無かったそうです。来客のときは、お茶は自分で入れず隣りに住んでいた子供を呼び出して入れさせていたともいいます。このような生活で江戸時代に90歳まで生きたのは、すごいとおもいますが、酒やタバコは一切やらなかったそうです。
 北斎はお金には無頓着で貯める気は全く無かったそうで、常に貧しい生活を送っていました。一方で気位が高く、どんな身分の高い人の依頼でも気がすすまなければ一向に作業をしないため、依頼者とのトラブルも絶えなかったそうです。
 「シーボルト事件」で有名なドイツ人医師シーボルトともトラブルがあったそうです。シーボルトが長崎商館長と共に江戸へやってきたとき、商館長は北斎に日本人男女の一生を描いた絵、2巻を150金で依頼します。この時、シーボルトも同じものを注文しますが、数日後に北斎が仕上げて納品するとシーボルトは半額しか払えないと言い出します。値引きが無理でも1巻だけなら買うといいますが激怒した北斎は2巻とも売らずに帰ってしまいました。帰宅後、北斎は妻に、生活費に苦慮する中、どうして売ってこなかったのかと責められますが、「もし、あの場で売っていたら外国人に、日本人は相手を見て値段を変えると思われてしまう」と答えました。この話が商館長に伝わり最初の約束通りの金額が支払われたそうです。
 その後も長崎商館からの絵の注文は続いたそうですが、 「シーボルト事件」により北斎の関与も疑われていたそうです。事件では、日本の地図をシーボルトが海外に持ち出そうとした事が有名ですが、当時、外国人への売買が禁止されていた日本の絵画も多数、海外へ持ち出されていて北斎のものも多数あります。



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誓教寺本堂



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葛飾北斎像



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葛飾北斎の墓



誓教寺 : 台東区元浅草4丁目6−9



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