烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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和気清麻呂の像

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 大手町一丁目4の地下鉄竹橋駅2番出口を出たところの公園に和気清麻呂の銅像があります。
 
 和気清麻呂は備前国出身で奈良時代末期から平安時代に活躍した貴族です。女帝である称徳天皇(孝謙天皇が退位後、再び即位)の寵愛を受け法王まで登りつめた道鏡が天皇になれば天下は太平になるという神託が宇佐八幡宮から奏上され直接確認するため清麻呂が天皇の勅使として出向きます。しかし、清麻呂は最初の神託とは逆の結果を持ち帰ったため天皇の怒りを買い、名前を「別部穢麻呂(わけべのけがれまろ)」と改名させられ大隅国(鹿児島)へ流布されてしまいます。



 一年後、称徳天皇が没し、道鏡が失脚すると清麻呂は復権し、桓武天皇に重用されます。



 清麻呂は天皇家を救ったとして特に明治以降、忠臣として讃えられ昭和初期には紙幣の肖像にもなっています。銅像は昭和15年に皇紀2600年を記念して建立されました。戦後、GHQにより軍国主義につながると廃棄の動きもありましたが天皇制の維持に配慮して免れています。

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| 奈良時代 | 23:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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