烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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玉川兄弟の墓 聖徳寺

 徳川家康が江戸に幕府を開いたことにより、江戸の街は急激に人口が増え飲料水の不足が生じます。
 幕府は、それを解決するために神田上水などを整備しますが、参勤交代制度の確立などにより人口増加が更に進んだため、抜本的な改善策として、現在の東京都羽村市にある多摩川の堰から水を引き四谷大木戸の「水番所」までの約43kmにも及ぶ水路を開削することを決定します。その工事を請負い指揮したのが、庄右衛門・清右衛門の玉川兄弟です。
 兄弟は江戸の町人であったとも言われていますが詳しいことは分かっていません。工事は四代将軍・家綱の時代、承応2年(1653)に着工し、難工事ではありましたが約8ヶ月ほどで完成します。水は四谷から木や石でできた配水管を地下に敷設し、市中に給水されたそうです。江戸は当時として世界中でトップクラスの水道施設を整えた都市だったそうです。
 庄右衛門・清右衛門の兄妹は、その功績により200石の扶持を賜り、上水を管理する役に任ぜられます。また、帯刀および「玉川」という苗字を与えられます。
 兄・庄右衛門元禄8年(1695)、弟・清右衛門は翌年に亡くなり台東区松が谷の聖徳寺に葬られました。
 なお、兄妹の墓は関東大震災により破損しましたが有志により修復され、その記念碑が傍らに建立されていました。



Imag1499
聖徳寺入口



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玉川庄右衛門



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玉川清右衛門の墓




 余談ではありますが聖徳寺の隣りに碁会所がありましたので思わず写真に収めてしまいました。



Imag1511_2 
かっぱ橋囲碁くらぶ
                      



聖徳寺:台東区松が谷2丁目3−3 



    

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