烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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谷文晁の墓 源空寺

 東上野にある浄土宗の源空寺は、天正18年(1590)に湯島に創建されました。明暦3年(1657)の「明暦の大火」により類焼して現在地に移転してきました。
 墓所には著名人の墓がいくつかありましたので紹介させていただきます。



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源空寺本堂(取材時は改修中でした。)
                          



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源空寺の墓所は本堂と道を挟んだ向かい側にあります。



               



 江戸時代後期を代表する画家・谷文晁は、宝暦13年に、田安家に仕える漢詩人・谷麓谷の長男として生まれます。
 12歳の頃より狩野派の絵を学び、その後、大和絵、朝鮮画、西洋画など、様々な絵を学んで独自の画風を確立していきます。
 文晁は父親と同じく田安家へ仕え、奥詰絵師となります。その後、「寛政の改革」で知られる田安家出身の松平定信に認められ、定信が隠居するまで近習として仕えたそうです。
また、渡辺崋山など多くの門弟も輩出しました。
 現在、文晁の作品は多くが重要文化財に指定されるなど評価が高いのですが贋作も多く存在しています。一因として弟子に求められて自分の作品でなくても本物の落款を押しりしていた事もあったそうです。
 晩年、67歳で剃髪し、75歳の時に法眼位(僧侶のNo2の地位)に叙され文阿弥と号します。天保11年(1841)に79歳で亡くなり源空寺に葬られました。



                            



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谷文晁の墓



                   



源空寺:台東区東上野6-19-2



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