烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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保科正之と「天地明察」



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「天地明察」の本と映画のチラシ

 保科正之が囲碁好きで囲碁家元の安井算知に囲碁を習っていた事を紹介しましたが、その繋がりからのお話を紹介します。

 正之が囲碁の手ほどきを受けた安井算知は一世安井算哲の弟子で算哲の養子となります。算哲が亡くなった時、実子の長男が二世安井算哲となりますが13歳と幼少であったため算知が安井家を継ぎます。この兄弟を中心に安井家は御城碁に出仕しますが、その際の宿泊場所が先に紹介した保科正之の屋敷だったそうです。


 二世安井算哲についてですが、囲碁だけでなく算術、天文学にも精通していました。当時使われていた「宣明暦」は800年前に唐から伝わったもので、永年の間の誤差により2日間のずれが生じていた事から中国の新しい暦「授時暦」を基に独自の観測データで修正を加えた日本初の国産暦「貞享暦」を完成させます。これにより算哲は碁方を辞し、幕府初代天文方に就任します。そして、名前を渋川春海と改めました。

 この史実を小説にしたのが第7回本屋大賞(2010)を受賞した冲方 丁の「天地明察」です。今年9月には映画が上映される予定で、主役の渋川春海がV6の岡田准一、保科正之を松本幸四郎が演じるそうで、今から楽しみです。

 いずれにしても、渋川春海は、ずば抜けた天才という訳ではなく、彼より優れた人物がたくさんいた中で「貞享暦」が採用されたのは政治力によるものだという事です。それは、保科正之との繋がりであり、御城碁に出席していた事による人脈の広さによるものです。



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