烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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ホテルオークラ~大倉喜七郎の屋敷跡

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ホテルオークラ東京(左)と大倉集古館側から見た敷地(右)

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大倉集古館(左)と喜七郎の顕彰碑(右)。碑は「大倉聴松」と刻まれている。聴松とは喜七郎の長唄の号であり、囲碁に関する記述は無かった。


 大倉財閥の二代目総帥であった大倉喜七郎は趣味も多彩で音楽、舞踊、ゴルフ、カーレース等、様々な分野で才能を発揮しました。

 囲碁も好きで、関東大震災を機に囲碁界統一の機運が高まった際、有力な後援者として自ら会長を務める帝国ホテルにて棋士を集めて会議を開き日本棋院の設立にこぎつけました。

 日本棋院では初代副総裁に就任すると共に、私財を投げ打って永田町に土地を購入し日本棋院会館を建設しました。

 日本棋院では彼の功績を讃え、囲碁の普及、発展の功労者に贈る「大倉喜七郎賞」を1961年に創設しています。また2006年には囲碁殿堂入りを果たしています。

 喜七郎の屋敷跡には現在、港区虎ノ門にある「ホテルオークラ東京」が建っています。戦後、公職追放となった喜七郎は復帰後、帝国ホテルへは戻れませんでしたが国際的な一流ホテルの必要性を説き屋敷跡に「ホテルオークラ東京」を創業しました。敷地内には父で大倉財閥初代総裁であった大倉喜八郎のコレクションを中心に展示した美術館である「大倉集古館」があります。大正6年(まだ、大倉邸であった頃)開館の日本初の私的美術館で庭に喜七郎の顕彰碑もありました。

ホテルオークラ東京 港区虎ノ門二丁目10番4号

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