烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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夏目漱石旧居跡

文京区向丘にある日本医科大学同窓会館は、文豪・夏目漱石の旧居跡です。イギリスから帰国後の明治36年から3年間ここで暮らし、東京大学英文科・第一高等学校の講師として活躍する一方、デビュー作『我輩は猫である』を執筆し、この旧居は作品の舞台となりました。



Imag0947
日本医科大学同窓会館




 ところで、漱石は囲碁を趣味としていたか以前調べたことがありましたが特にそうでもなかったようです。しかし、『我輩は猫である』では囲碁の記述もあり囲碁をしなかったわけでもないと思われます。以下は11章に書かれた囲碁の記述です。
                  
 吾輩は世間が狭いから碁盤と云うものは近来になって始めて拝見したのだが、考えれば考えるほど妙に出来ている。
 広くもない四角な板を狭苦しく四角に仕切って、目が眩むほどごたごたと黒白(こくびゃく)の石をならべる。
 そうして勝ったとか、負けたとか、死んだとか、生きたとか、あぶら汗を流して騒いでいる。たかが一尺四方くらいの面積だ。猫の前足で掻き散らしても滅茶滅茶になる。引き寄せて結べば草の庵にて、解くればもとの野原なりけり。入らざるいたずらだ。
 懐手をして盤を眺めている方が遥かに気楽である。それも最初の三四十目は、石の並べ方では別段目障りにもならないが、いざ天下わけ目と云う間際に覗いて見ると、いやはや御気の毒な有様だ。白と黒が盤から、こぼれ落ちるまでに押し合って、御互にギューギュー云っている。窮屈だからと云って、隣りの奴にどいて貰う訳にも行かず、邪魔だと申して前の先生に退去を命ずる権利もなし、天命とあきらめて、じっとして身動きもせず、すくんでいるよりほかに、どうする事も出来ない。碁を発明したものは人間で、人間の嗜好が局面にあらわれるものとすれば、窮屈なる碁石の運命はせせこましい人間の性質を代表していると云っても差支えない。
 人間の性質が碁石の運命で推知する事が出来るものとすれば、人間とは天空海濶の世界を、我からと縮めて、己れの立つ両足以外には、どうあっても踏み出せぬように、小刀細工で自分の領分に縄張りをするのが好きなんだと断言せざるを得ない。人間とはしいて苦痛を求めるものであると一言に評してもよかろう。




Imag0943
夏目漱石旧居跡




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碑の近くにある猫のモニュメント




 夏目漱石旧居には漱石以前に森鴎外も住んでいたことがあるそうです。現在、跡地には碑が残されているのみですが、実は、当時の建物は現存しているのです。愛知県犬山市にある野外博物館「明治村」へ移築されていますので機会があれば行ってみたいものです。




文京区向丘2-20-7 日本医科大学同窓会館



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