烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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囲碁を題材にした蜀山人の碑(上野公園)

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上野公園にある蜀山人の碑




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碑は上野公園の不忍池側の袴腰広場にあります。隣に国民栄誉賞受賞者の手形がありました。



 上野公園には江戸時代の文人・蜀山人による囲碁を題材にした句碑があります。




   一めんの花の碁盤の上野山 黒門前にかかるしら雲    蜀山人




 上野公園は元々、徳川将軍家の墓所である寛永寺の境内で江戸時代は桜の名所として知られていました。碑の設置場所は寛永寺の総門である黒門があった場所で咲き誇る桜の花を碁盤に見立て、黒門と雲を碁石に例えた詩です。

江戸時代後期の幕府の役人であった大田覃(ふかし)は雅号を大田 南畝(おおた なんぽ)と名乗り、別号として蜀山人と名乗っていました。天明期を代表する狂歌を得意とする文人です。

 蜀山人は囲碁も好きだったようで上野の句碑以外にも数点、囲碁に関する詩が残されています。なお、上野の句碑は昭和13年に日露戦争の忠魂碑として建立されたもののようです。

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