烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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玉川居 祐翁の墓 大昌寺

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玉川居 祐翁の墓



 佐藤彦五郎の墓がある大昌寺に、もう一つ説明板が建てられた墓がありました。玉川居 祐翁の墓です。
 祐翁は、天保9年に日野宿の旅館「あずまや」中村半兵衛の三男として生まれ、太吉郎といいました。日野で小料理屋を営む一方、佐藤道場で天然理心流の近藤周助に剣を学びます。
 文久3年(1863)に将軍家茂上洛のために浪士隊が結成されると土方歳三らと共に加わり上洛しますが、やがて帰郷。武州一揆の打払い等で活躍し、鳥羽伏見の戦いの後に帰郷した近藤勇らが結成した甲陽鎮撫隊に春日隊の一員として参加し勝沼に赴いています。
 明治10年、絵馬屋三世を継ぎ、後に玉川居と号して狂歌や俳句の世界で広く名を知られるようになり、各地で開催される句会の選者や評者も務めていました。明治37年に亡くなり大昌寺に葬られます。




日野市日野本町2丁目12番地の13  Googleマップ



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| 幕末・明治維新 | 05:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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