烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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徳川家宣の墓

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六代将軍、徳川家宣の墓
             
                                                   
 昨年、NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国」の放送を記念して、芝・増上寺では通常非公開の徳川家霊廟が公開されていました。当時、秀忠と江の墓はブログで紹介しましたが、その他の歴代将軍の墓は紹介していませんでしたので今回紹介します。
 上記写真は六代将軍、徳川家宣の墓です。家宣は三代将軍家光の孫にあたります。徳川宗家は家康から四代将軍家綱まで順調に世継ぎが生まれましたが、家綱に世継ぎが生まれず、病気で亡くなる前に末弟の館林藩主、松平綱吉を養子に迎えます。しかし、五代将軍綱吉も世継ぎに恵まれなかった事から、甥である甲府藩主、松平家宣を死の間際に養子とし跡を継がせました。
 家宣は綱吉が将軍家を継いだ時も有力なライバルであり、六代将軍となったのは宝永6年(1709)48歳の時でした。将軍就任後、悪評の高かった「生類憐みの令」を廃止する等して庶民から期待されます。門部詮房や新井白石を登用して、後に「正徳の政治」と呼ばれる政策を推し進めますが、将軍就任後わずか3年で死亡しました。

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| 江戸時代 | 06:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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