烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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飛鳥山公園と渋沢栄一

Dsc_0669
洋風茶室「晩香廊」  
  

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「青淵文庫」
   

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「渋沢資料館」
   
    
 飛鳥山には幕末から大正時代にかけて活躍した実業家の渋沢栄一の邸がありました。別荘として建てられ、晩年は本宅として使われた場所です。
 現在の埼玉県深谷市に生まれた栄一は、一時、勤皇の志士として京都へ赴きますが、やがて御三卿の一人である一橋慶喜に仕えます。慶喜が将軍となると幕臣としてパリで行われた万国博覧会に幕府代表団の一人として渡航し、ここで株式会社制度など様々な知識を吸収します。
 帰国後、大隈重信らに請われ明治新政府で大蔵省へ入省し国立銀行設立等に取り組みますが、やがて大久保利通や大隈重信と方針を巡って対立し退官。実業家へ転進しました。
 実業家となってからは第一国立銀行(現みずほ銀行)、東京ガス、王子製紙、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール等、様々な企業の設立に関わる一方、日本赤十字社、東京慈恵会設立等、社会活動にも力を入れます。囲碁が趣味で、方円社の有力な後援者の一人でもありました。
 飛鳥山にあった屋敷は空襲で焼けて現存していませんが、喜寿(77歳)の時に贈られた西洋風茶室「晩香廊」と80歳の時に子爵となった記念に贈られた「青淵文庫」が残されていて国指定重要文化財に指定されています。公園内にある「渋沢資料館」と共に一般公開されています。
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| 明治・大正時代 | 06:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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