烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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旧乃木邸と馬小屋

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「旧乃木邸」入口
        



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「旧乃木邸」
             


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厩舎
           


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「乃木将軍と辻占売少年像」
                     
                   
                   
 乃木神社の隣に乃木大将が住んでおられた邸宅があります。正確には邸宅の隣に乃木神社が建てられたといった方がよいのですが。
 乃木希典(大将)は長州藩の支藩である長府藩士の息子として江戸の上屋敷で生まれました。場所は現在の六本木ヒルズで生誕の碑が建てられています。
 明治37年に勃発した日露戦争において、乃木は第3軍司令官として旅順要塞攻略にあたります。戦いは激烈を極め乃木の二人の子息を含む大勢の犠牲者を出しますが、203高地攻略等により遂に陥落させます。旅順要塞陥落後、ロシア軍の要塞司令官ステッセリとの会見において相手の名誉を重んじ極めて紳士的に対応したことから世界から絶賛されます。
 明治39年に凱旋帰国した乃木ですが、大勢の犠牲者を出したことにより死んで罪を償いたいと明治天皇に上奏します。明治天皇は「今は死ぬときではない」と思いとどまらせ、翌年には孫(後の昭和天皇)の学習院入学に合わせ学長に就任させ養育を任せました。乃木は明治45年に天皇が崩御すると大葬の礼当日に自宅にて夫婦とも殉死しました。
 乃木邸は明治12年に屋敷を購入し明治35年に改築を行っています。改築にあたっては乃木大将がドイツ留学中に見たフランス連帯本部兵舎を模して設計したそうです。
 厩舎もレンガ造りの大変立派なもので、ロシア軍のステッセルから贈られた愛馬「壽号」も飼育されていました。二つの建物は「旧乃木邸と馬小屋」として港区有形文化財に指定されています。
 普段は家の中は窓越しに見るだけで非公開ですが、毎年、9月13日の命日と前日だけ、一般公開されるそうです。
             
 住所:港区赤坂8-11-32
 
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| 明治・大正時代 | 07:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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