烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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大久保利通の墓(青山霊園)

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大久保利通の墓
                
          
           
 明治維新の立役者、大久保利通は以前、紹介しましたが、明治11年(1878)に紀尾井坂にて暗殺されました。墓所は青山霊園にあるということなので、今回お参りしてきました。 墓所には鳥居もあり神社という趣きで、墓石は亀の上に載った大変立派なものです。
 ところで、大久保利通といえば唯一の趣味が囲碁であり、その囲碁を利用して薩摩藩主・島津忠義の父である島津久光に取り入り出世したと言われています。そんな大久保の囲碁に関する面白いエピソードがありましたので紹介します。
 大正11年に早稲田大学出版部より出版された「大隈候一言一行」という大隈重信の語録をまとめた本の中で大久保利通と岩倉具視の対局について大隈が語っています。
 「岩倉と大久保は両人ともなかなか(囲碁が)上手であった。どちらかと云うと大久保の方が少し上手であった。ところが大久保は激しやすい人であったので、岩倉はその呼吸を知っているから、対局中、常に大久保を怒らせて勝ちを取った。」
 大久保利通といえば新しい時代のためには盟友であった西郷隆盛であっても切り捨てることのできる、冷徹で合理主義というイメージがありましたが、実は激高しやすい性格だったとは意外でした。あるいは、そういう性格を見抜き常に勝ちをおさめた岩倉具視の方がさすがだというべきなのでしょうか。
 原文を読みたい方は国立国会図書館のホームページの電子図書館「近代デジタルライブラリー」で公開されていますのでご覧ください。「大隈候一言一行」という本の中の「囲碁の上から見た維新の元勲」という章の中にあり、伊藤博文や福澤諭吉の碁についても語られています。
                        
 大久保利通の墓:青山霊園 1-イ2-15~17
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