烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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歯科医学教育発祥の地

 泉岳寺から、頂上で魚籃坂に繋がる上り坂は、伊皿子坂(いさらござか)と呼ばれています。語源には、中国人の伊皿子(いんべんす)が住んでいたなど諸説あります。
 坂上の「伊皿子」交差点に「歯科医学教育発祥の地」碑がありました。明治時代の歯科医・高山紀斎により明治23年に設立された我が国初の歯科医学校「高山歯科医学院」(現・東京歯科大学)のあった場所です。
 現在、千円札の肖像となっている細菌学者・野口英世は医者を志し東京へやってきますが、知人であった学院の講師・血脇守之助(後に経営を任される)の支援を受けます。守之助の計らいにより学院の寄宿舎へ住み込み、ここで働くことにより学者への足掛かりとしました。



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伊皿子交差点(左)と伊皿子(右)



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「歯科医学教育発祥の地」碑



                                              



東京都港区三田4丁目 伊皿子交差点の角



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| 明治・大正時代 | 21:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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