烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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上行寺 囲碁勝負で賭けられた仁王尊

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上行寺境内


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日荷上人の墓


 横浜市金沢区六浦にある上行寺には、囲碁に関する伝説が残されています。


 上行寺は元は鎌倉時代に創建された金勝寺という真言宗のお寺でしたが、この地を訪れた日蓮が領主と法論をたたかわした「船中問答」がきっかけで日蓮宗に改宗したそうです。


 南北朝時代の応安3年(1370)に豪商・六浦平次郎の寄進により整備され上行寺と名を改めました。平次郎は出家し六浦妙法と呼ばれています。


 そして、囲碁の伝説についてですがある日、六浦妙法の夢枕に仁王尊が現れ「我は称名寺の仁王であるが日蓮宗へ改宗して総本山である身延山の守護神となりたいので、なんとか送り届けてほしい」とのお告げがありました。


 称名寺は金沢にある北条一族の菩提寺です。六浦妙法は称名寺の住職に掛け合いますが当然断られます。しかし、無類の囲碁好きであった住職に対し仁王尊を賭けた囲碁の勝負を挑み、激戦の末、勝利しました。ところが、勝負に負けた住職は、あれは冗談だったと取り合おうとしませんでした。また、「あんな大きなものを運び出せる分けがない」とも言いました。そこで、六浦妙法はある夜、二体の仁王尊を背負って運び出し三日三晩かけて身延山久遠寺まで運んだという伝説です。


 身延山久遠寺では六浦妙法の功績に対し日荷上人という尊称を贈ります。上人はこの時、身延山から碁盤に使われる榧の苗木を持ち帰ったと伝えられていますが上行寺境内には榧の木が残されています。



 日荷上人はこの伝説から健脚の神様として祀られるようになります。上行寺や上人が開祖である東京谷中の延壽寺には長旅が無事に終わるようにとわらじを奉納する風習がありました。延壽寺は現在ではランナーやサッカー選手等がお参りする事でも有名です。



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