烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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山田浅右衛門屋敷跡

Hirakawa

麹町永田町外櫻田絵図(安政6年)





Dsc_0786

現在の山田浅右衛門屋敷跡




 千代田区平河町の江戸時代の地図を見ると平川天神の近くに山田浅右衛門という屋敷がありました。


 山田浅右衛門は幕府の御様御用(おためしごよう)という刀剣の試し斬りを行う役職を務めた山田家の当主が代々名乗った名前です。


 試し斬りの方法を具体的に言うと、罪人の首を斬首することだそうで浅右衛門は、「首切り浅右衛門」「人斬り浅右衛門」とも呼ばれていました。試し切りには相当な技量が必要なため、当主の息子であっても技量が無ければ後継となれず、弟子の中で最も優れた人物が跡を継いだそうです。



上記地図は安政6年のものですが、この年には安政の大獄により吉田松陰や橋本左内が斬首されています。二人を処刑したのが七代目山田浅右衛門吉利だったそうです。


 ところで、浅右衛門は御様御用という幕府の正式な役職に就いていましたが、その身分は浪人でした。これは穢れを伴う役職であったからとも考えられますが、世襲ではなく技量の優れた者が跡を継ぐには都合が良かったことと、役目による収入以外に副業による収入を得るためと考えられています。


 事実、山田家は大変裕福でした。本来の役職による収入は僅かでしたが、副業で遺体によるビジネスにより大変な収入を得ていました。処刑された遺体は山田家に引き渡されます。


 山田家では、その遺体を使って幕府以外から依頼を受けた刀剣の試し斬りを行いました。当時、刀の切れ味を試すには人間の身体が一番という考えがあり時代劇で辻斬りが出てきますが、理由は強盗目的ばかりではなく密かに刀剣を試し斬りするためであったとも言われています。中には武士が自分で試し斬りをするために山田家から遺体を買う事もあったそうです。


 また、現在は禁止されていますが遺体から取り出した肝臓や胆嚢等を原料に薬も作っていました。これらの収入は莫大であったといわれています。


 明治以降、浅右衛門は明治政府のもとで大久保利通暗殺犯を斬首していますが、やがて処刑は絞首刑に変わり、その役目を終えています。




 山田浅右衛門屋敷跡  千代田区平河町1丁目2-10 第一生命ビルディング



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