烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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岡崎城 大手門

 新城市を離れて岡崎市にやってきました。天下人徳川家康が生まれた所です。
 家康の生まれた岡崎城は現在「岡崎公園」として整備されています。入口には大手門が復元されていました。
 大手門は、岡崎公園の表玄関にふさわしい建物として建設されたものですが、本来の岡崎城大手門は、現在の浄瑠璃寺の南(北東約200メートル)にあったそうです。江戸時代の記録によれば大手門は「桁行十間 梁行二間四尺」という大きさでした。
                
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岡崎城大手門前
           
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大手門
             
 岡崎城大手門前の広場に「岡崎城下東海道二十七曲り碑」があります。
 二十七曲りとは岡崎城下を通る東海道が、防衛上の理由で曲がりくねっていたことから、そう呼ばれたそうです。
 天正18年(1590)に徳川家康が関東へ移封となった後、豊臣秀吉の命で岡崎城主となった田中吉政は10年の歳月をかけて城下町を整備します。その際、東海道を岡崎城下に引き入れています。そのため江戸時代には宿場町として大いに栄えたそうです。
                                  
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岡崎城下東海道二十七曲り碑
                     
岡崎公園:岡崎市康生町561番地1 Googleマップ

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