烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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高野長英ゆかりの地(板橋)

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高野長英が匿われた旧水谷玄洞宅




 7月に「高野長英 大観堂学塾跡」で紹介しましたが、蘭学者の高野長英は幕府の外交政策を批判したため「蛮社の獄」と呼ばれる弾圧事件で伝馬町牢屋敷に終身刑で収監されます。



 しかし、弘化元年に発生した火災による切り放しにより脱獄し、一ヶ月後に門人であった板橋宿の水谷玄洞宅を訪れました。



 洞宅は、一旦長英を屋敷内にかくまった後に逃がします。その後、長英は江戸を離れ各地を転々としますが、再び江戸に舞い戻り、嘉永3年に青山町の隠れ家で発見され自殺しました。




  旧水谷玄洞宅:板橋区仲宿56-15

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| 江戸時代 | 06:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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