烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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名古屋城

 名古屋を訪れたからには、ここは外せないと「名古屋城」を訪れました。
 名古屋城は、元は今川氏が尾張侵攻のために築いた城が起源で、その後、織田信秀が奪取し「那古野城」と改名します。信秀の子、織田信長は「那古野城」で生まれたと言われています。しかし、信長は清須城へ拠点を移したため那古野城は一度、廃城となっています。
 その後、江戸時代となり徳川家康は九男義直を尾張藩に配置しその居城として、名古屋城を築城することに決定。慶長15年(1610)に加藤清正など西国諸大名により築城が開始されました。
 以来、御三家尾張徳川家の居城として活用され天守閣は明治以降も取り壊されることもなく名古屋のシンボルとなってきました。
 天守閣のしゃちほこは有事の際の軍資金にも使えると金の板を張り付けた金鯱が設置されていたため「金鯱城」とも呼ばれています。
 しかし、第二次世界大戦の空襲で城は焼失。昭和34年に鉄筋コンクリートで再建されます。現在、木造で天守閣を建替えようという計画もあるそうです。



Imag2002
名古屋城天守閣



Imag2008
金のしゃちほこのレプリカ(天守閣内)



Imag1985
清正の石曳像
(加藤清正が天守の石垣普請を担当)



Imag1999
石垣の刻印
(各大名の刻印があります)





名古屋市中区本丸1-1



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