烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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有楽町

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有楽町マリオン
                



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有楽町由来板(左)と「有楽町で逢いましょう」の歌碑



 



 



 有楽町2丁目の有楽町マリオンのからくり時計の前に有楽町の町名由来板があります。



 有楽町の由来は、織田信長の弟で千利休に茶を学び、利休十哲の一人に数えられる、織田有楽斎(おだうらくさい)[長益]の屋敷がこの辺にあったからだそうです。



 有楽斎は関ヶ原の戦いでは東軍の徳川方として戦っていますが、大阪冬の陣では豊臣秀頼を支える穏健派の中心人物として家康との和平交渉にあたります。その後、大阪では徳川との再戦を唱える強硬派が勢力を増し、大阪夏の陣の前には、それを抑えられなくなった有楽斎は大阪を出て京都で隠棲し茶道に専念しました。有楽斎が興した茶道有楽流は現在も子孫により継承されています。



 有楽町マリオンの前には他に、昭和32年にフランク永井氏が歌って大ヒットした「有楽町で逢いましょう」の歌碑がありました。



 



 有楽町マリオン:千代田区有楽町2-5-1



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