烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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数寄屋橋の碑

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数寄屋橋の碑



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碑の後ろにある岡本太郎作「若い時計台」



 銀座5丁目の数寄屋橋交差点付近にある「数寄屋橋公園」のところに、かつて江戸城の外濠に架かった数寄屋橋がありました。橋を渡ったところが数寄屋橋御門です。


 名前の由来は橋の外側に数奇屋風の建物が多く建ち、あたりを数奇屋町と呼んだのが始まりと言われています。


 大岡越前で有名な南町奉行所は橋を渡ってすぐ目の前(現有楽町駅)にありました。


 昭和4年には石造りの二連アーチに架け変わり、昭和27年にラジオドラマが放送され、その後テレビドラマ、映画と大ヒットした「君の名は」の舞台にもなり全国的にも知られるようになります。


 昭和33年に外濠が高速道路建設のため埋め立てられ橋も消滅しました。現在、橋のあったあたりは「数寄屋橋公園」として整備され、園内にかつて橋があった事を示す碑が建てられています。


 また、公園内には岡本太郎氏が制作した「若い時計台」が設置されています。昭和41年制作との事ですから大阪万博の太陽の塔より前の作品になります。



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