烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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宝泉寺の資料

 本因坊秀策が修行した広島県竹原市にある宝泉寺には秀策ゆかりの品々など貴重な資料が展示されています。普段は鍵が閉まっていますので事前にアポをとって訪問した方が良いでしょう。今回の取材ではアポなしで訪れたため檀家の方の法要後に一緒に資料を見せていただきました。急な訪問にも関わらずご住職に対応していただき有難うございました。
 展示品の中に、秀策と師匠の葆真和尚が使用した碁盤があります。葆真和尚は碁豪として知られ天保6年には服部因淑が、弘化4年と嘉永2年には井上幻庵因碩が訪れ対局しています。



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秀策と師匠の葆真和尚が使用した碁盤


 展示品の中に十一世井上幻庵因碩裏書の碁盤もありました。弘化4年に訪れたものですが、この前年には秀策が大阪にいた幻庵因碩を訪れ、有名な「耳赤の一局」が行われています。
 裏書には「百選百勝 不如一忍」(百選百勝することは必ずしも最高に良いことではなく、戦わないで敵に勝つことが最高の策である)と書かれています。また、署名には「官碁院大国手 十一世井上因碩」と書かれています。名人碁所にはなれなかった幻庵因碩ですが、免状などで自ら「大国手」と称していたと言われています。




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井上幻庵因碩裏書の碁盤


 葆真和尚は江戸時代中期の書家・趙陶斉の門人であったと言われています。趙陶斉は、長崎で清の商人と日本人との間に生まれた人物で、門人には幕末の思想家・頼山陽の父である頼春水もいます。
 宝泉寺には趙陶斉と頼山陽の掛軸も展示されていました。




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趙陶斉の書


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頼山陽の書


 資料の展示室には秀策を支援し葆真和尚へ預けた、三原城主・浅野忠敬の書も展示されています。




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三原城主・浅野忠敬の書



広島県竹原市下野町1565



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