烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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正岡子規や赤穂浪士も通った「笹乃雪」

 根岸2丁目に江戸時代から続く豆腐料理屋「笹の雪」があります。
 笹乃雪初代玉屋忠兵衛は絹ごし豆富を発明した人物で、元禄四年(1691)上野輪王寺の宮、公弁法親王(111代後西天皇の親王)のお供をして京都から江戸に移り住み、根岸に豆富茶屋を開いたのが始まりです。
 親王は、この豆富を大変好まれ「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛され、「笹乃雪」と名づけ、それを屋号としたそうです。
 俳人・正岡子規の暮らした「子規庵」は「笹乃雪」のすぐ近くにあり、子規は店によく通っていたそうです。店内でよく執筆活動を行っていたそうで「笹乃雪」を題材にした句碑が入口に建立されていました。
       



蕣に朝商ひす笹の雪(あさがおに あさあきなひす ささのゆき)
                    明治三十年
            
水無月や根岸涼しき笹の雪(みなづきや ねぎしすずしき ささのゆき)
                    明治二十六年
 
 この他、「笹乃雪」は赤穂浪士ゆかりの地としても知られています。
 元禄15年12月14日に赤穂浪士の討ち入りがありましたが、その後浪士たちは4カ所の大名屋敷にお預けとなります。そのうち大石内蔵助以下17人が預けられた細川家に、「笹乃雪」の豆富が届けられました。上野輪王寺の宮、公弁法親王の計らいだそうです。また「笹乃雪」の娘・お静は細川家に預けられた赤穂浪士の一人、磯貝十郎左衛門に思いを寄せていたと言われます。
 お静が雪道で足をとられ滑りそうになったのを十郎左衛門が助けたのが縁で、その後、十郎左衛門が俳人の宝井其角に連れられて来店し再会。その後も十郎左衛門はたびたび来店していたそうです。結局、はかない恋は実ることはありませんでしたが、歴史ある老舗だから伝わるお話です。



Imag2290
笹乃雪




Imag2291
正岡子規の句碑



東京都台東区根岸2-15-10



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