烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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湯島天神のガス灯と切通坂

 久しぶりに「湯島天神」を訪れました。北側の春日通りに面する「夫婦坂」と呼ばれる石段より入りました。



               
Sany0178
湯島天神




ところで、夫婦坂の石段の横に「切通坂」の説明用のプレートがあります。神社入口の春日通りは坂道になっていて「切通坂」と呼ばれています。江戸時代に湯島天神と根生院との間を切り開いて作られた坂で明治期には電車が通っていたそうです。詩人の石川啄木は勤務先の朝日新聞社での夜勤のあと、ここを通って帰宅していたそうで、「二晩おきに、夜の一時頃に切通の坂を上りしも勤めなればかな。」(悲しき玩具より)と詠んでいます。




Imag2371
切通坂


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案内板




 湯島天神の境内にはかつて5基のガス燈がありました。泉鏡花が明治40年に発表した「婦系図」が、舞台化され人気となりますが、主人公の早瀬主税が、結婚者のお蔦に別れを告げるシーンで、お蔦を呼び出すのが、この湯島天神の境内でした。昭和17年に長谷川一夫と山田五十鈴で映画化され。その主題歌「湯島の白梅」の2番には「青いガス灯 境内を出れば本郷 切通し」と歌われ、切通坂の名前とガス灯は日本全国に知られることとなりました。
 ガス灯は昭和40年頃にすべて撤去されましたが、昭和56年に1基のみ復活させています。




Imag2380
湯島天神境内のガス灯




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ガス灯案内板



湯島天神:東京都文京区湯島3−30−1



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| 明治・大正時代 | 09:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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