烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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「薩長土連合密議之處」碑

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「薩長土連合密議之處」碑
               
 松陰神社の駐車場から境内に入ってすぐの所に「薩長土連合密議之處」という碑があります。揮毫は故岸信介元首相によるものです。
 碑の場所は今でこそ神社境内ですが、幕末の頃は街道沿いに面していて宿屋が建っていたそうです。
 文久2年(1862)に土佐から坂本龍馬が訪れ、この宿に泊っています。当時の龍馬は土佐の尊王攘夷派「土佐勤皇党」に属していて、そのリーダー武市半平太の手紙を、松陰亡き後、長州藩で尊王攘夷派を率いていた久坂玄瑞に渡すためでした。偶然、薩摩からも尊王攘夷派の樺山三円の手紙を持ってきた薩州藩士田上藤七という人物もいて、三者は宿屋で会談し日本の将来について語り合ったと久坂の日記に記されています。
 この時の武市の手紙への久坂の返書が残されていますが、「諸侯も公卿も恃むに足らず、草莽の志士を糾合し、義挙の外にはとても策無し」と書かれていたそうです。つまり、国難に立ち向かうには幕藩体制を否定し、在野の人々の力を結集しなければいけないと訴えています。
 龍馬とも同じ内容を語り合ったのでしょうか。土佐へ帰郷した2ヶ月後に龍馬は突然脱藩します。その後、勝海舟と出会い日本国のために奔走していきますが、萩での久坂との出会いが大きく影響しているのかもしれません。
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| 幕末・明治維新 | 07:37 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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No title

S48x8Mvj
早速ですが、
大変、満喫させて頂きました(笑)
http://nE23A866.g-weeks.com/nE23A866/

| 成金 | 2012/12/02 17:17 | URL | ≫ EDIT















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