烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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伊藤博文旧宅と別邸

Dsc_1840 Dsc_1844
伊藤博文旧宅



 松陰神社の近くに伊藤博文の旧宅があります。

 伊藤博文は、天保12年(1841)に周防の国熊毛郡束荷村(現熊毛郡大和町)で、百姓林十蔵の長男として生まれました。
 父十蔵は安政元年(1854)に萩藩の中間、水井武兵衛(伊藤直右衛門)の養子となり、一家はこの家に住むことになりました。14歳から28歳までここで過ごしますが17歳の時には近くの松下村塾で吉田松陰の教えをうけ、尊皇攘夷運動の志士として活躍しています。
 その後、明治政府において初代内閣総理大臣に就任するなど政府の要職を歴任しました。
 実質的に政府の最高指導者となりましたが、明治42年69歳、ハルピンで凶弾に倒れます。
                                                 



Dsc_1851 Sany0533
伊藤博文別邸




Sany0526
伊藤博文像

                   

 旧宅の隣に、伊藤博文別邸があります。
伊藤博文が、明治40年に現在の東京都品川区大井に建てた広大な建物の内、玄関、大広間、離れ座敷の3棟を移築しました。 明治時代の宮大工伊藤満作の手によるもので、大広間の鏡天井や離れ座敷の節天井など非常に意匠に優れています。
                           



  山口県萩市椿東1511-1




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| 幕末・明治維新 | 05:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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