烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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萩城址(指月公園)

山口市萩市は、戦国時代の中国地方の覇者・毛利元就の孫で関ヶ原の戦いで敗れ120万石から長州藩37万石へ減封となった毛利輝元が本拠地として萩城を築城し、以来、長州藩の中心地として栄えてきました。


 本来、山口県の県庁所在地になっていてもおかしくなかったのでしょうが、日本海に面し三方が山に囲まれた場所で交通の便が悪かったため幕末になって藩庁が現在の山口市に移されました。


 萩城も明治7年の廃城令により取り壊され現在は「指月公園」として整備されています。



Dsc_1696 Dsc_1692
萩城址と、城の入口付近に設置された毛利輝元像



 公園内に歴代藩主を祀った「志都岐山神社」があります。



 また、神社の入口にある石橋は吉田松陰も講師を務めた藩校「明倫館」から移設されたものだそうです。ただし、現在は老朽化のため渡ることはできません。



Dsc_1705 Dsc_1703

「志都岐山神社」(左)と入口に設置された明倫館から移設された石橋(右)



 萩城は天守閣、二の丸、三の丸と、壮大なスケールを誇っていたそうです。天守閣は、桃山時代初期の様式を取り入れたものでしたが明治7年に解体されました。


 この他、公園内には藩主が使った茶室など、色々な建物も残されています。



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天守閣跡(左)と現地案内板にあった天守閣の写真(右)


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| 江戸時代 | 06:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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