烏鷺光一の「囲碁と歴史」

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

松陰神社の碑

 世田谷区の松陰神社には、様々な碑や像が建立されています。
 境内の参道脇にある石柱は平成23年まで建っていた鳥居の一部です。明治41年に建造されて以来、参拝客を見守ってきました。
                          
Imag2457
松陰神社旧鳥居

 境内の参道脇にある吉田松陰の像は、元々、明治23年に大熊氏廣氏によって製作されブロンズ像でしたが現存していませんでした。平成24年に松陰神社創建130周年を記念して残されていた石膏を修復しブロンズ像を復元しました。
 大熊氏廣氏は明治期を代表する彫刻家で、靖国神社の大村益次郎像の作者としても知られています。




Imag2459
吉田松陰像(参道)


 「徳富蘇峰植樹」の碑は、明治から昭和にかけて活躍したジャーナリスト・徳富蘇峰が明治41年に自身の著述「吉田松陰」発刊にあたり植樹を行った記念に建立されたものです。
 徳富蘇峰は熊本の出身で「国民新聞」を主宰します。当初、平和主義を唱えますが、政府要人と接触するうちに変節し、日露戦争では政府を支持し一時的に発行部数を伸ばしています。しかし、一方では御用新聞などと非難する声も上がっています。
 蘇峰は同志社大学の前身である同志社英学校で学んでいて大学設立にも協力しています。その辺の話は、昨年NHKで放送された大河ドラマ「八重の桜」のラスト近くで描かれていました。



Imag2463

徳富蘇峰植樹の碑
                      



 吉田松陰像は参道の他にも社殿隣りにある「松下村塾」の前にも建立されています。



Imag2469


吉田松陰像(松下村塾前)




東京都世田谷区若林4丁目35-1



スポンサーサイト

| 明治・大正時代 | 23:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://igoshi.blog.fc2.com/tb.php/390-09db5bb8

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。