烏鷺光一の「囲碁と歴史」

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木戸孝允誕生地

 西郷隆盛、大久保利通と共に「維新三傑」と並び称される木戸孝允の生家が萩市呉服町に残されています。桂小五郎の名でも知られる尊王攘夷派の中心人物でした。



 木戸孝允は藩医・和田昌景の長男として天保4年(1833)に生まれますが、病弱であった事から和田家は姉に婿養子を迎えます。


 小五郎は7歳で和田家の向かいにあった長州藩の大組士・桂家の末期養子となり武士の身分となります。しかし養父に続き、養母も亡くなったため和田家で再び暮らします。


 十代では藩内で秀才として知られるようになり、嘉永2年(1849)には吉田松陰に師事し、その才能を認められます。この事から木戸孝允(桂小五郎)は松下村塾出身と思われがちですが塾には入っていません。


 木戸は剣豪としても知られ、江戸幕末三大道場の一つ練兵館(神道無念流)の塾頭を務めています。




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木戸孝允誕生地の門と屋敷




 藩政の要職を歴任し、尊王攘夷派が実権を握ると木戸は、その統率者として活躍し坂本龍馬の仲介により薩長同盟を結び、明治維新を成し遂げます。


 明治新政府では、その政治的見識の高さから実質的な最高責任者となり、五箇条の御誓文の布告、廃藩置県など新制度の実施を行いました。


 明治10年に西南戦争が勃発した際に病に倒れ、新政府と西郷の双方を心配しながら亡くなります。享年45歳でした。




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屋敷内の部屋と庭




   萩市大字呉服町2丁目37

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